愛犬 しつけ ポイント

イヌの精神の柔軟性

 

イヌは、目の表情や耳の動き、しっぽの動きなどのボディーラングージを使って、感情や意思を示します。

 

たとえば、耳。穏やかな気分のときには耳に変化はおきませんが、恐れや威嚇の気分を抱いているときは、耳を後ろに傾けます。

 

しっぽも様々です。「こんにちは」と歓迎のあいさつをするとき、しっぽを小刻みに動かすことがあります。逆に、しっぽを左右に速く大きく振るのは、興奮していることのあらわれで、「こっちに近づくな」という警告のサインとして使われます。こうしたしっぽの動きは、本能的な行動と考えられますが、犬種によっては見分けにくいことがあります。

 

また、その使われ方はかなり微妙で、しっぽを揺らすという行為には、プラス感情とマイナス感情の葛藤が含まれているのではないか、と私は思っています。

 

つまり、イヌたちは、相手のイヌの動きに、どのようなメッセージが込められているのかについて、相手の体の個々のパーツをばらばらに理解するのではなく、全体の動きを通して、しかも臨機応変に読みとらなければならないのです。

 

しかし、親きょうだいと早く引き離されたイヌは、相手のボディーラングージを読み違えてしまい、仲間から手ひどいあつかいを受けてしまいます。

 

5週齢以内に親きょうだいから引き離されたイヌは、例外なく他のイヌをきょくたんにこわがる。震えだすか、逃げ惑います。性的関心もほとんど持ちません(雌は交配がとても困難)。攻撃をしかけるイヌもいるのですが、これは恐怖感からくる防御的な攻撃と思われるのです。

 

6週齢〜7週齢に親兄弟から引き離されたイヌは、5週齢以内のイヌと比べると、怖がりの程度は多少ゆるみます。個体によっては、他のイヌをほとんど恐れないイヌもいるのだが、これは他のイヌそのものに関心が全くないことを意味しているにすぎない。イヌ本来あいさつの仕方やボディーランゲージをちゃんと表現できるというわけではないのです。

 

8週齢〜10週齢に親きょうだいから引き離されたイヌは、他のイヌと出合ってから、ある程度時間が経つと、いっしょに遊ぶようになる。

 

12週齢に親きょうだいから引き離されたイヌは、他のイヌとほとんど問題なく遊べる。社交的な態度がとれるのである。

 

16週齢に親きょうだいから引き離されたイヌは、初対面の相手であっても、まるで以前から知っているかのようにふるまえるのである。

 

以上のような相関関係がつかめ、これにはほとんど例外がないことが明らかになりました(ただし、16週齡は2個体のみの観察)。今、「ほとんど」と書きましたが、その理由は、実は例外があるからです。それは、次の2点です。

 

家庭の中に先住犬のいる場合、親きょうだいから引き離された時期が7週齢以前でも、他のイヌを怖がらないようになる個体が多いのです。また、ワクチン接種前から近所のイヌと頻繁に遊んで育った場合も同様の傾向を示します。

 

ここに救いがあります。なぜなら、こうした傾向からは、イヌの精神の柔軟性を読みとることができるからです。イヌが「すり込み」によって受ける影響は、確かに決定的といえる面がありますが、その後の努力によって、修正は可能ということなのです。ただし、特別な努力なしに修正されることはありません。また、努力しても修正できる保証はなく、報われない努力もある、という厳しい現実もあります。

 

一方、5〜6週齢で親きょうだいから引き離されているイヌどうしの場合は、きょくたんに攻撃的な個体でなければ、あまりけんかは起こらない傾向を認めることができました。とはいっても、遊べるというわけではなく、たんに「いっしょにいるだけ」の状態です。おたがいに関心がないから、けんかにならないのです。

 

実験では、誕生から16週になるまでひとりきりにされ、他のイヌといっさい接触させてもらえなかった「不幸な子イヌ」たちがいました。かれらは、おたがいに争うことなく暮らすことができたようです。しかしそのようすは、相手に無関心で、自分以外のイヌを同類の生き物というより、まるで木の葉のような、たんに目の前を動くものとみなしているようだったということです。これは隔離実験という特殊な状況下の例ですが、誇張でもなんでもないと思います。

 

なぜドッグランで事故がおこるのか

 

特筆すべきは、親きょうだいとじゅうぶんな時間いっしょに過ごしたイヌは、早期に親きょうだいから離されたイヌを、しばしば攻撃するということです。

 

私自身が目撃したトピックを紹介します。

 

八ヶ岳南麓の牧草地の一角でのことです。この一角は、ドッグランのような施設になっていました。私は、この牧草地のレストハウスに泊り込み、イヌたちの行動について観察を始めたばかりでした。

 

そこに暮らす6頭のゴールデン・レトリーバーが、思い思いの時間を過ごしていました。

 

そのときです。ある飼い主が、小さなパピヨンを連れてやってきました。観光を兼ねて「ドッグラン」に立ち寄ったようです。当初、パピヨンは、その蝶のような可憐な耳をたなびかせ、ごく自然なようすで飼い主のまわりを跳びはねていました。

 

しだいにゴールデンの群れとパピヨンの距離が縮まります。ゴールデンの数頭が、パピヨンを追いかける展開になりました。しかし、そこに不穏な空気が漂っていることを、私は読みとれませんでした。

 

数秒後、状況が一変しました。眼光に異様な鋭さを湛えた6歳の雌のランが、ウルルルル〜。あたりの空気を振幅させたその声色は、ふだんのゴールデンの吠え声とは、似ても似つかない「ぞっとする」高いピッチでした。瞬間。1歳になったばかりの雄のアロニイが、パピヨンに襲いかかりました。あたかもニワトリを狩るような塩梅で。

 

あっさりとパピヨンをとらえたアロニイは、蝶々の飾り耳を持つこの小さな動物を口にくわえたまま振りまわしたのです。

 

ランの発声は、攻撃の指令だったのです。それに応えたのは、一番若いアロニイでした。ふだんのアロニイは、けんかとは無縁のすこぶる穏やかなイヌでした。この若いゴールデンは、同腹のきょうだいといっしょに育っただけでなく、シー・ズーやビーグルなどとも日常的に椄し、小型・中型犬に対してもじゅうぶんに社会化されていたはずです。それだけに、目の前の光景はまさしく悪夢そのものでした。今でも私の網膜に、「すり込まれ」ています。

 

犠牲になったパピヨンはペットショップで購入されたイヌでした。アロニイの攻撃は、行動学的な修飾をすれば、「捕食性攻撃」ではなく、「なわばり性攻撃」に分類できると思います。つまり、獲物と見なして襲ったのではなく、自分たちのなわばりによそ者が侵入して来たから攻撃した、という解釈です。しかし私は、なわばり「以前の」別なものを感じました。

 

おたがいが棲んでいる世界がちがう! まったく別の生き物だIこれが、そのときの正直な感想です。

 

この事件こそ、「親きょうだいから引き離された時期と他のイヌに対する社交性」についての調査に、私か乗り出す一つのきっかけとなったのです。

 

近年、各地にドッグランが設営されるようになりました。イヌたちの交流の場が増えることは歓迎すべきですが、一方で、そこではイヌどうしのトラブルが頻発していると聞きます。その主な原因の一つは、まさに「すり込み」にあるのです。

 

「おかしいな、前は他のイヌと仲良く遊んでいたのに、どうしてけんかするんだろう?」。イヌが1歳を過ぎた頃、こんなことを囗にする飼い主がいます。その通りです。子イヌのときはうまくやれても、社会化されないまま成長すれば、間違いなく他のイヌとトラブルをおこすようになります。これには生態学的な根拠があるのです。

 

おとなのイヌ(特に雄)は、子イヌにはすこぶる寛容です。これにはフェロモンが関与しています。子イヌの体に鼻をつけ、匂いを嗅いでみてください。ミルクをうすめたような独特の匂いがするはずです。子イヌ時代には、まだ成犬のような性フェロモンが分泌されていないので、このような匂いがするのです。しかし性成熟の時期を迎えると、一変します。

 

イヌとしての適切なすり込みを終えたという「約束手形」を持っていないイヌは、イヌ仲間からすぐに見破られるのです。

 

ボディーランゲージもごまかしようがありません。子イヌなら許された無礼なふるまいは、もう許されないのです。ちょっとしたことですぐけんかになってしまいます。

 

だから仮に、ドッグランに、しつけインストラクターを配置するなどして、ソフト面の充実を図っても、問題の解決にはなりません。仕事が大変なだけです。体内のアドレナリンが急上昇し興奮したイヌのけんかを止めるのは、生やさしいことではありません。下手な止め方をすると、人間のほうが病院送りになります。

 

「一定の時期に学ぶべきことを学習できないと、それに関する行動に異常があらわれる可能性がきわめて高く、最悪の場合は、学習能力の一部が完全に麻痺してしまう」という意見は、実に的確な指摘なのです。一般に「社会化期」といわれる生後4週から12週の時期は、正にこの「一定の時期」です。

 

社会化期は12週齢で終わらない

 

「社会化期(Socialization Period)」という言葉は、今日では、一般のイヌのしつけ本でも、ごくふつうに使われるようになっています。ところが、一部の本では、「社会化=イヌを人間社会にうまく適応させること」というトーンで書かれています。これはイヌにとって、実に迷惑な勘ちがいです。

 

イヌはまず、自分がイヌであることを知る必要があります。イヌは自分が所属する社会の中で、イヌとしてどうふるまうべきかを学ばなければなりません。その最初の学びの場は、同じときに生まれたきょうだいとの接触です。子イヌたちは遊びを通してコミュニケーションの方法を身につけていくのです。

 

また同時に、人間と接することで、人間社会の中でどうふるまうべきかを学ぶ必要があります。それだけではありません。ネコや(地域と環境によっては)馬、牛、羊などの家畜ともうまくやっていけるようになることが、人間から期待されます。伴侶動物としてのイヌは、この三つの対象に対して、社会化されなければならないのです。

 

近年、社会化期を前期と後期の二つに分け、第1社会化期を3〜6週とし、第2社会化期を6〜12週と区分するのが、一般的となっています。しつけ本によっては、第1社会化期を「イヌヘの社会化」、第2社会化期を「人への社会化」としているものもあります。こうした分け方は、わかりやすいという点でわるくはないのですが、実際はそう単純なものではありません。

 

指摘しておきたいのは、社会化期は生後抒一週齢で終わるわけではない、という点です。私自身の観察からも、このことは断言してもいいと思っています。

 

社会化期が12週齢までと考えられた背景には、見慣れないものへの子イヌの反応の変化があります。この時期になると、今までは見慣れないものに対して近づいて探ろうとしていた子イヌが、逆に恐れるようになるのです。しかしこれは、自然によって賦与された「逃走本能」のスイッチがONになったということにすぎず、これをもって社会化が終了するわけではありません。

 

子イヌはいっそうの「社会的な体験」を積むことで、この逃走本能のスイッチを自在に切り替えて、問題に対処していけるようになるのです。

 

また、イヌの成長には、個体差と同時に、犬種差があります。発育のスピードは犬種によつて異なるのです。

 

研究によれば、135項目の行動を分析したところ、ボーダー・コリーやテリア犬種、ハスキーなど橇犬の系統の犬種は、比較的成長が早い。一方、ラブラドール・レトリーバーやプードルの成長スピードはゆっくりしている。いくつかの猟犬種や護衛犬種はその中間的な成長の度合いをみせる、ということです。

 

たとえば、「移行期」についてみた場合、ボーダー・コリーが8〜19日齢であるのに対して、ゴールデン・レトリーバーは15〜28日齢、ラブラドール・レトリーバーでは19〜35日齢というように、これらの犬種間での成長スピードの著しいちがいが指摘されています。

 

この研究結果は、ボーダー・コリーの社会化は、スピードアップを要求され、そのタイミングにいっそうの注意を払わなければならないということを示唆しています。また、ラブラドールのようなゆっくり成長するタイプのイヌの場合は、いっそう長く親きょうだいと共に過ごしたほうが望ましい、ということも読みとれます。